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  現代新書カフェ
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□        講談社 現代新書カフェ〜072〜                 
□            2010年7月16日                   
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  ‖ 《1》7月新刊4点です!
  ‖ 《2》新連載第2回! 「デフレカルチャー」速水健朗               
   ‖              
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  現代新書カフェにようこそ。
  
  それにしても、発足直後に60%を超える内閣支持率があった政権与党が
  1ヵ月後に選挙で惨敗するなんてすごいですね。
  何だったんでしょう、あの支持率は?
  負けた一番の原因は消費税だそうですが(消費税については、斎藤貴男さんの
  今月の新刊を是非ご一読ください)、  一方で税収を上げないと、
  日本(政府)は破綻するという説も根強いのも事実。
  いやいやそんなことよりまず景気回復だという説も根強いですし、
  一方で公務員改革が先だという説もあります。
  
  でも、これで増税説はしばらくおあずけでしょうから、
  景気回復がんばれとなるんでしょうか?
  でもどうやって? 求む日本製ipadでしょうか?
       
  まずは今月の新刊紹介です。  
  
  
    
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◆  《1》新書7月新刊4点です!◆
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    ◇2058『浮世絵は語る』浅野秀剛 定価903円
  http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288058


             【担当者挨拶】
 歌麿の遊女絵、写楽の役者絵、北斎や広重の名所絵。私たちがよく目にする
浮世絵にも、じつはいろいろな事実が隠されています。
 例えば、歌麿の「当時全盛美人揃」ですが、ここで描かれた遊女はどのよう
に選ばれたのでしょうか。あるいは同じ歌麿の揃物に「当時全盛似顔揃」があ
るのですが、重複している遊女もいれば、「美人揃」にしか出てこない遊女も
いるのはどうしてなのでしょうか。北斎の「富嶽三十六景」でいえば、「凱風
快晴」のイメージはどのようにして生まれたのでしょうか。
 本書は、そうした「謎」を、「作品考証」を大いなる楽しみとする著者が、
さまざまな史料と丁寧に照合し、読み解いていきます。その様子は、ミステリ
ーの謎解きと似ているといえるかもしれません。
 浮世絵を深く味わってみたいという方におすすめの一冊です。(JS)

  
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   ◇2059『消費税のカラクリ』斎藤貴男 定価756円
  http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288059
  

             【担当者挨拶】
 菅直人総理の唐突な発言に端を発した消費税増税論議は、先日の参院選でも
論点の一つになり、敗軍の将となった菅氏も敗因の一つに自らの消費税発言を
挙げていました。週刊誌や経済誌の表紙にも、いっとき「消費税」の文字が躍
りました。
 しかし、本書はこのような事態を予測して書かれたものではありませんし、
ましてや急変する情勢を見て緊急に書かれたものでもありません。著者のジャ
ーナリスト・斎藤貴男氏が、独立自営業者としての実体験を通して疑問を抱き、
何年も前から地道な取材を重ねてきたものが、まさにこのタイミングで実を結
んだのです。
 すでに指摘されている消費税の逆進性や景気への悪影響は、確かに重要な問
題点ではあり、それに対する解決策もいろいろ取り沙汰されているようです。
しかし消費税の真の危険性は、実は消費者が知らないところにあり、しかもほ
とんど報道されてもいないのです。
 たとえば、国税の中で滞納額ワーストワンであること。輸出企業は、国内仕
入れで支払った消費税をまるまる還付されること。正社員を派遣に切り替えれ
ば、人件費節約ばかりか消費税の節税にもなってしまうこと、等々。赤字でも
納めなければならない消費税を納められず、価格にも転嫁できず、突然差し押
さえられて廃業に至った中小零細業者も少なくありません。
3%、5%といった低税率のうちは見過ごされてきた数々の矛盾点。これが
税率10%、15%となったら、何が起きるのか。
一方で、消費税増税を既定路線のように推し進めようとする人たちがいるの
も事実です。
 消費税が上がると、いったいだれが喜ぶのか。
 本書を読めば、それが見えてきます。
いずれにせよ税制見直しは避けて通れない日本の課題の一つでしょう。それに
ついて考え、政策を選択する材料としても、本書をお薦めします。(YF)
  
  
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   ◇2060『伊達政宗、最期の日々』小林千草 定価798円
  http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288060


            【担当者挨拶】
 独眼竜・伊達政宗は寛永13年5月24日(1636年6月27日)の未明に、江
戸で亡くなります。享年70。まさに最後の戦国武将でした。
『木村宇右衛門覚書』(上・中・下三冊、以下『覚書』)という文書が今に伝わ
っています(仙台市博物館蔵)。これは9歳の頃から奥小姓として政宗に近しく
仕えた小姓・木村宇右衛門可親(よしちか)が主君の言行を記録した文書です。
 政宗は寛永13年の正月ごろから食欲の不振と胸のつかえを訴えるようにな
りました。おそらく胃ガン(と、それにともなう腹膜炎)であったものと考え
られます。死期を悟った政宗は、将軍家光にいとま乞いする江戸に上ることを
決意し、4月末に仙台を出立します。それは息子忠宗へのスムーズな権力委譲
を幕府に認めさせ、62万石をわが亡き後も安泰へと導くための「最後の戦い」
でもありました。
『覚書』には、その病状はむろんのこと、国許に残る家臣との今生の別れ、江
戸への道中や日光東照宮への参詣、将軍家光との対面(家光はわざわざ桜田の
伊達屋敷に御成までしています。きわめて異例のことです)、土井大炊頭や松平
伊豆守、柳生但馬守といった幕閣とのやりとり、息子忠宗や正妻愛姫への思い、
そして臨終の場面、さらには殉死を望む者たちの姿や主君の仙台への無言の帰
還までがくわしく記されているのです。
 本書は、この記録を精緻に読み解き、一代の武人が「老い」と「看取り」の
なかで、いかにふるまい、周囲を気遣い、死を受け容れていったかを示します。
その姿は現代に生きる私たちにとっても示唆に富むものです。 (TY)


 
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  ◇2061『「いい会社」とは何か』小野 泉+古野庸一 定価798円
  http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288061


             【担当者挨拶】
「いい会社」とは何でしょう。
 利益をあげている会社? 社会的に良い影響をもたらしている会社? 従業
員にとって働きがいのある会社? 従業員からも社会からも信頼されている会
社? 長く続いている会社?
 本書の著者おふたりは、リクルートなどで調査とコンサルティングを長年や
ってきただけに、実際の企業への聞き取りを重ね、データを駆使しながら、こ
の時代における「いい会社」の条件を探っていきます。
 じつは上にあげたそれぞれの項目はかなり強い相関関係にあります。もちろ
ん、利益はあげているけれど……という会社もありますが、そうした会社は往々
にして短命です。やはり働く人からも社会からも信頼されている会社のほうが
業績もいいし、生き残る確率も高いということがデータからも浮き彫りにされ
ています。
 すでにバブル崩壊から20年、その間、多くの日本の会社が失ってきたもの、
それは「信頼」という貴重な財産でした。   
 しかし、そうした世の中の流れとは別に、ちゃんと信頼関係をつくってきた
会社もあるのです。
 本書ではそうした「いい会社」の実例も取り上げながら、いま会社が取り組
むべき課題と解決策を探ります。
 日本の会社のいま、を知るための必読書です。(TH)


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◆  《2》連載企画        ◆
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     DCDCDCDCDCDCDCDCDCDCDCDCDC
     C  
     D 新連載!「デフレカルチャー」   速水健朗
     C 第2回 「ケータイ小説とチックリット」 
     D
     CDCDCDCDCDCDCDCDCDCDCDCDCD


■ジャンル小説としてのケータイ小説

 ケータイ小説が大ブームになったのは、2006〜07年のこと。『恋空』『赤い
糸』といったケータイ小説サイトで人気を集めた素人による小説が書籍として
刊行され、その両者はそれぞれ累計で200万部を越えるヒットとなった。これ
ら以外にも、何作ものケータイ小説がウン十万部クラスのヒットを記録。こう
したケータイ小説のほとんどは、書き手が素人である。筋書きはかなり似通っ
ている。10代の少女が主人公で、レイプ、妊娠、流産、デートDVといった
数々の超絶悲惨体験を経て、最終的に病気か事故で彼氏を失い、悲嘆に暮れな
がらも最後は立ち直って新しい人生を歩む決意をする……というのが各作品に
共通する要素である。

 ケータイ小説は、ブームとしては終息してしまったが、逆に「ジャンル小説」
のひとつとして書店の棚を形成し、定着したといったところだろうか。まだ歴
史は浅いが、内容の共通性だけでなく、パステル調の表紙で横書きといったよ
うな商品としてのフォーマットもすっかり定着した感がある。

■チックリットとその背景

 一方、イギリスでも歴史の浅いロマンス小説の新ジャンルが生まれている。
チックリットと呼ばれるジャンルがそれである。日本の書店にも「チックリッ
ト」の文字こそないが、ちょっと規模の大きな書店であれば、棚のコーナーと
して存在しているはずだ。“英米文学”の棚に、着飾った女性を描くイラスト
のおしゃれな表紙デザインの本が並ぶ一角がある。せいぜい、ここ10年くら
いの間に生まれたコーナーである。そこに並んでいるのは、映画化された『ブ
リジット・ジョーンズの日記』のヘレン・フィールディングや『レベッカのお
買いもの日記』のソフィー・キンセラなどといった、女性作家たちの作品たち。
ちなみに、“チックリット”の名は、“Chick-Lit=ひよこ(若い女性)の文学”
というところから付けられている。

 チックリットの代表作『ブリジット・ジョーンズの日記』のあらすじはこう
いうものだ。
 ヒロインのブリジットは、出版社勤務で、作家のパーティに出かけたりする
派手な日常を送っている。ある日、母親に送り込まれたパーティで、ケンブリ
ッジ卒のバツイチの弁護士マークを紹介されるが、いけ好かない感じがして敬
遠してしまう。一方、ブリジットには別の気になる相手がいた。相手はちょい
ワルで魅力的な編集長。つまり上司である。社内連絡用のショートメールを通
して急接近した二人は一夜を過ごすことになる。しかし、その後、二人は付き
合うわけではなく、距離を取った関係を送る。実は、ちょいワル編集長には若
いモデルの彼女がいたのだ。遊ばれたことがわかったブリジットは出版社を辞
め、テレビのリポーターに転職する。編集長と別れたブリジットは、かつて紹
介されたマークが実は名の知れた敏腕弁護士であり、自分に興味を持っている
ことを知り、初対面の時とは違った印象を持つようになる。
 その頃、まじめな夫に飽き飽きしたブリジットの母は、外国人の男にほださ
れて家出していたが、ブリジットはその男と母親が詐欺で警察に捕まったとい
う知らせを受ける。そんな母親の窮地に、弁護士のマークが駆けつける。獅子
奮迅の活躍ですべてを解決したマークは、ブリジットに求愛。ブリジットは、
彼こそが自分の騎士であることに気が付き、二人は結ばれるのである。

 突っ込みどころがあり過ぎる。出版社やテレビ局を転々とするほど、ヒロイ
ンが有能とはとても思えないし、日々パーティに明け暮れる編集者というのも、
あまりにも類型的な描き方である。ケンブリッジ出で社会的にも成功を収めて
いるイケメン弁護士が、自分にぞっこんで最後は騎士のようにピンチを救って
くれて求愛されるって。ヒロインには特にこれといって愛される理由がないに
もかかわらずだ。この小説で描かれる理想の男性像、恋愛観は、ほとんどハー
レクインロマンスのそれである。

■ハーレクインロマンスとはなにか

 これはチックリット全般に当てはまるわけではないのだが、少なくとも『ブ
リジット・ジョーンズの日記』は、ハーレクインロマンスの発展系である。物
語のあちらこちらにその影響を見いだすことができる。

 ハーレクイン社は、半世紀以上にわたりファンの要望にこたえながら信頼を
勝ち得てきたジャンル小説の雄。ハーレクイン社のロマンス小説とは、明文化
こそされていないが明確なルールに基づいて生み出される、少しネガティブに
とれば“型にはまった”“ワンパターン”、ポジティブにとれば“読者を裏切
らない品質を保持する”小説群である。

 ひとくちにハーレクイン社のロマンス小説といっても、その中身はさまざま。
中世や19世紀のヨーロッパの摂政期を描くヒストリカル(歴史)もの、砂漠
が舞台でアラブの王子が登場するシークもの、テキサスの農園でカウボーイが
登場するもの……などなど、ジャンル内ジャンルが数多く存在する。長い歴史
とマーケティングの末に、読者の人気の高いテーマ、時代、舞台、職業を描い
たサブカテゴリーが生まれ、それぞれにファンを獲得しているのがハーレクイ
ン社の強みである。ただしテーマは違えど、ハーレクインの小説は、ある不文
律の上に成り立っている。一例を挙げるなら、必ず恋が成就しハッピーエンド
で終わること、ヒロインも男性も他の異性とは性的な接触を行わないこと、な
どである。

 そして、さらにハーレクインのロマンス小説を分析するなら、ヒロインが男
性の力によって社会的な階級上昇を叶えるという基本構造が多く存在すること
がわかる。庶民の娘が貴族の男性に見初められ、パーティや舞踏会に出ること
で未知の世界を垣間見る。なぜか必ずヒロインは、ヒーロー(ロマンス小説に
おける男の側はこう呼ばれる)に見初められる。はじめは互いに反発しあい、
すれ違いが続くが、ヒロインの危機をヒーローが救い、二人は結ばれる。これ
は、階級上昇である。場合によっては相手が王子様であったり貴族であったり、
若い農場主(この場合、ただの農場主ではなく、実はハーバード出のエリート
でもあり、さらに金融のスペシャリストであったりもする。加えて、さらにア
ラブの王族の血を引いているというケースまである)であったり、大会社の御
曹司であったりする。古典的な物語で言えばシンデレラ、映画で言えば『プリ
ティ・ウーマン』で描かれたような展開が、ハーレクインロマンスの基本的な
物語構造なのだ。

■お城に住むヒロインとマンション暮らしのヒロイン

『ブリジット・ジョーンズの日記』及び、チックリットは、こうしたハーレク
インロマンスから派生した恋愛小説の一分野という側面を持つが、大きく違っ
ているのは、描かれるヒロイン像である。

 ハーレクインの典型的なヒロインは、イギリス郊外のお城や田園風景の中の
屋敷、テキサスの大農園などの郊外に庇護者の元で暮らしている場合が多い。
しかし、ブリジット・ジョーンズをはじめとするチックリットは都会が舞台と
なり、ヒロインはマンションで自立した生活を送る。

 職業観もまったく違う。チックリットのヒロインたちは手に職を持ち、パー
ティに出かけていき、人脈を広げる努力を欠かさないと外向的であるが、ハー
レクインのヒロインたちには、親や親戚の会社や農園を手伝っているなどのケ
ースが多い。とはいえ、昨今のハーレクインには職業ものも増えている。派遣
社員ものなど、時代を反映したものがジャンルとして存在する。だが、チック
リットのヒロインのように、自己啓発書や恋愛指南書を読んで研鑽するハーレ
クインのヒロインは、まず存在しない。

 チックリットの中心は、恋愛よりもむしろ女性の都会での独り暮らしという
ライフスタイルの描写であるかもしれない。ショッピングにでかける場面では、
具体的なブランド名やショップが実名で登場する。これは、ハーレクインロマ
ンスでは絶対にあり得ない。それに、女友だちとレストランやバーやクラブに
繰り出し、男や仕事の話をする。それと、わりとありがちなのが、理解のある
ゲイの親友という存在だ。ハーレクインにはなかなか女の友だちは出てこない。
そもそも、男の愚痴をこぼすということがない。ゲイの親友もちょっと記憶に
ない。

 チックリットを読んでいると、日本にもかつてこういう物語が作られていた
時代があったことを思い起こす。浅野ゆう子、浅野温子が活躍していた(当時
はトレンディードラマの常連の2大女優として、“W浅野”と呼ばれていた)80
年代後半のバブル経済の時代である。トレンディドラマのヒロインたちは、マ
ンションで独り暮らしをして、テレビのディレクターや歯科医などといったテ
クニカルで高給取りというイメージの強い職業に就いていた。

 チックリットに描かれる物語は、昔からある夢物語的な恋愛ロマンスではあ
る。だが、ヒロインの描かれ方には、ハーレクインにはなかった経済的に自立
した女性像が描かれているのだ。

■チックリットが登場する1990年代後半のイギリス社会

 このチックリットが台頭してきた1990年代半ばは、イギリスが空前の好景
気を謳歌していた時代である。まだ若いトニー・ブレアが労働党の党首となり、
経済状況に活気が生まれ始める。サッチャー時代からの経済の自由化路線がよ
うやく功を奏し、海外からの投資マネーも流れ込んでいた。崩壊した旧ソ連の
社会資本を、この頃の英資本が安く買いたたいたともいわれている。

 文化面においては、イギリスはまれにみる繁栄の時代であった。オアシスや
ブラーをはじめとしたブリットポップ勢の台頭、スーパーモデルのケイト・モ
スの活躍、『トレインスポッティング』などの若者向け映画、イギリス発の文
化は全世界に輸出されてヒットし、ビートルズが世界中でヒットした1960年
代以来の外貨獲得のフェイズとなった。ブレアは、こうしたイギリスのソフト
パワーによって大英帝国の覇権を再び取り戻そうとアピールする。この政策は
“クール・ブリタニア”と呼ばれ、のちに“コンテンツ立国”としてアニメや
ゲームなどをはじめとした日本のコンテンツ振興を進めようという“クール・
ジャパン”政策のモデルケースとなった。

 そんなイギリスの好景気を背景にチックリットは生まれている。一方で、自
由経済路線の成功は、地方と都市部の格差を生んだ。チックリットが都会的消
費社会を描いたのは、その反映でもあったのだ。

 ハーレクインが台頭した20世紀半ばと、チックリットの90年代では、女性
の立ち位置も変わった。これは、当たり前の変化が小説にも反映されただけで
ある。だが一方で、チックリットが90年代のイギリスの状況を反映したロマ
ンス小説の進化形だとすると、日本で生まれ10代向けのロマンス小説の一ジ
ャンルとして定着したケータイ小説もまた、日本の経済状況を反映した新ジャ
ンルであるという見方が可能なのではないだろうか。

■ケータイ小説とハーレクインの類似

 その前に、ケータイ小説もまたチックリットと同じように、ハーレクインの
ロマンス小説との連続性があるジャンルであることを確認しておきたい。

 ハーレクインロマンスはヒロインとヒーローは必ずハッピーエンドを迎える
が、ケータイ小説の多くは彼氏との死別という終わりが待っている。だが、こ
れは裏返しのようなものでもある。死んだ彼氏の愛は永遠なのだ。死別の方が
ロマンチックである。ハーレクインのカップルだって、その後二人が結婚すれ
ば現実の生活が始まるわけだし、ヒーローは浮気もするかもしれない。だが、
もちろんそんなものは描かれないまま、どちらも、都合のいいロマンチックな
ラブロマンスとして、同じように閉じているのだ。

 ハーレクインロマンスとケータイ小説は、成り立ちもよく似ている。20世
紀初頭に女性の素人作家が書いた恋愛小説が出版されるようになる。それが、
のちにアメリカ(ハーレクインの本社はカナダにある)でペーパーバックとし
て販売されるようになる。それがハーレクイン社の始まりである。素人の小説
が登場した背景には、タイプライターの普及があった。家庭に導入されたタイ
プライターが、作家の参入障壁を引き下げたのだ。特に、家庭で時間をもてあ
ましていた中産階級の奥さん層がロマンスを題材とした小説を作り始めたよう
だ。これは、携帯電話というメディアの普及が、書き手の参入障壁を下げ、素
人の女性の手によるケータイ小説を生み出したのと同じである。

■ケータイ小説とチックリットの描かれる舞台

 さて、ケータイ小説は、『恋空』『赤い糸』をはじめ、ほとんどの作品の舞
台が東京および都会ではない。地方の小都市、もしくは首都圏郊外の中都市で
ある。ケータイ小説には地名がほとんど登場しないが、描かれる舞台がクルマ
で出かけるカラオケボックスや、ファミリーレストランやショッピングセンタ
ーであるなど、郊外のロードサイド的な風景が広がっていることは容易に読み
取ることができる。都会しか出てこないチックリットと対をなす世界である。

 主人公は10代で、パターンとしては高校1年生の1学期から物語が始まり、
途中で退学したり、卒業して就職と、ライフコースを進む過程が描かれる。
『恋空』のように大学に進学するものもあるが、例外的であり、就職先として
は、飲食などのサービス業、介護や保育などの福祉系の職業があこがれの対象
として描かれることが多い。チックリットに多出するマスコミ系も登場しなけ
れば、トレンディドラマ的なカタカナ職業も縁遠い。むしろ、その正反対の地
に足のついた職業感覚が登場する。

 チックリットのヒロインは都会で独り暮らしをして職業を持っているが、ケ
ータイ小説のヒロインたちは実家暮らし、もしくは働いている彼氏のうちに転
がり込むかのどちらかであり、自立する気配はかけらも見せない。

 また、チックリットには、高級ブランドなどの消費社会的な記号が数多く登
場するが、ケータイ小説には、ほぼ皆無。ブランド名どころか、消費社会に対
する嫌悪すら描かれる。前回、本連載ではギャルの消費傾向について触れたが、
一見華やかに見える彼女たちの姿格好、立ち振る舞いは表面だけであり、その
内実はむしろ反消費社会的な色合いが強い。具体的には、前号にあげたように、
益若つばさのモットーが“節約”であったり、ギャル雑誌に載っているコスメ
商品やファッションアイテムが、実は激安であったりといった具合である。こ
ういった感覚は、ケータイ小説とも近い感覚である。

■経済状況の反映として見るロマンス小説

 これまで比較してきたように、都会vs.地方・郊外、消費社会vs.アンチ消費
社会、高賃金なテクニカル系職業vs.低賃金な福祉系職業といったように、チ
ックリットとケータイ小説の差は、ものの見事に現れている。こうした対極に
ある両者の差は、それを生んだ国が置かれた経済的な背景の違いとして考えて
みたい。

 日本のケータイ小説に描かれる経済的背景も、チックリットのそれ以上に明
確である。バブル崩壊以降の“失われた10年”と呼ばれた90年代に引き続く
不況の影響を特に強く受けたのは地方都市である。本連載の前の回では、『小
悪魔ageha』やキャバクラから窺える日本の地方都市の雇用と女性の自立の問
題を取り上げたが、まったく同じように、雇用なき地方の状況と、その犠牲と
なる若年女性層の問題が浮き彫りになっている。ただの中身のないものと蔑ま
れることの多いケータイ小説だが、社会問題の反映という意味では、ちょっと
見逃せない。

 また、ケータイ小説は、地方・首都圏郊外を生活圏として描き、そこに留ま
り続ける話でもある。その話は、拙著『ケータイ小説的。〜“再ヤンキー化”
時代の少女たち〜』でも詳しく触れているが、ケータイ小説全般に色濃く浮き
出ているのが“東京なき世界”である。“東京が出てこない”“東京に憧れな
い”“就職や進学で東京を目指さない”こうした強い地元志向が前景化してい
るのだ。

 しかし、これら地元志向を、若者の心理の変化として捉えるのはちょっと違
う。その背景を、もう少し詳細に読み解く必要があるだろう。総務省統計局・
住民基本台帳人口移動報告を見ると、戦後の日本で、もっとも地方から三大都
市圏への人口移動の数字が減るのは、1995年前後のことである。

 この三大都市圏への人口移動の推移を見ると、その山や谷は、ほぼ景気と連
動して推移していることがわかる。つまり、上京志向や地元志向を生んでいる
のは、若者の意欲や上昇志向といったものではなく、単なる経済状況である可
能性が高い。親に経済力がないから都会に出ることができないという、至極当
然ななりゆきがこの統計の数字には現れているのだろう。これを順番を変えて
考えてみると、上京志向、地元志向というものが、こうした下部構造に規定さ
れていると考えることも可能である。その辺り“上京志向”“地元志向”の考
察は、また次の機会に行なってみたいと思う。


【参考文献】
○論文「素人の文学―ロマンス小説における消費と生成の幸福なるサイクル―」
尾崎俊介、『外国語研究』2007.3
○『ブリジット・ジョーンズの日記』ヘレン・フィールディング、亀井よし子訳、
ソニー・マガジンズ1998年


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│
│ 速水健朗(はやみず けんろう)
│ 1973年生まれ。フリーランス編集者、ライター
│ パソコン雑誌の編集を経て、2001年よりフリーランスとして、雑誌や書籍、
│ ムックの企画、編集、執筆などを行う。主な分野は、メディア論、若者・
│ 通俗文化全般、ショッピングモール研究、ビジネス・マーケティングなど。
│ TBSラジオの「文化系トークラジオLIFE」 にレギュラー出演中、朝日新
│ 聞「売れてる本」欄連載中、「夜のプロトコル」という定期イベント主宰。
│ 単著に『タイアップの歌謡史』(洋泉社y新書)、『自分探しが止まらない』
│ (ソフトバンク新書)、『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女た
│ ち』(原書房)、共著に『バンド臨終図鑑』(河出書房新社)などがある。
│  http://www.hayamiz.jp/
│
└─────────────────────────────────┘

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次回は8月9日、配信予定です。
ご意見、ご感想などはingen@kodansha.co.jpまでお願いいたします。

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